早見慶子の十条日記 » 2010» 1月

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ここのところ新聞報道にはいい加減にウンザリしている。小沢一郎氏のお金の問題のことであるけれど、「国民を裏切った」「国民に謝罪を」と大きく書かれているのだけれど、いかがなものだろうか? 

本当はきちんと説明を聞いてスクープを書きたい記者の名誉欲そのもではないだろうか? 「検察」より「国民」という言葉を書けば政治家を精神的に追いつめて何かしゃべるだろう、という自己都合そのものがちらついていて、不愉快な気分だ。

そう、民主党の人事させも動かせるし、首相さえ首を切れるという、まさに権力欲そのものをむき出してにしている自分に気づかないとは哀れである。

政治の重要なポジションにつく人の仕事が、政策を考える時間より、メディアでの発言の受けを考えるようになってしまったのは、2000年以降顕著でさる。そもそもスキャンダルを追いかけ、実際の政策がこまごま決まっていることをきちんと報道しないことこそ、メディアの国民に対する冒涜ではないだろうか?

各業界の法律は毎年、いろいろ変化し、そのことで業務も変わらざるをえない。そういうことのほうが政治にとっては大切なはずだ。

お金のことを言うなら、鳩山さんのようにお金持ちなら、汚く金儲けしなくてもお金はある。けれど田中角栄を筆頭にお金のない者は人から集めなくてはならない。それだけ、お金のかかる選挙こそ問題にすべきなのに、ピントの外れた報道だ。

つまり、なぜそういう問題が起こり、どうしたら解決できるのか、という視点がないまま、逮捕されることが楽しいかのような報道こそ「国民」を侮辱した行為なんだと思う。そう、麻生首相が「漢字を間違えて読んだ」ときのように。

多くの働く者たちは漢字は読めなくても、政策の影響は理解できるのだ。けれど、現場にいない記者たちは政策の影響が実感として理解できないので、自分たちの得意な漢字や、スキャンダルを暴くことのみに精力的になってしまうのだろう。

 国民の知りたいのはスキャンダルじゃない。けれど悲しいかな、報道されれば気になってしまうのだ。だからこそ違うだろ、大切なのは政策なのだ、何でそこを報道しないんだ、と言いたい。

国民の多くは小沢さんの退陣を望んでいるかのような報道は詭弁だ。あのような報道を流すから、国民の反応が流されているだけで、マスコミの報道イメージが左右しているだけなはずだ。つまり、マスコミこそ権力だということだ。

政治家にお金がないと辻本さんや山本さんのように秘書給与をピンハネしないと選挙ができず、むしろ小沢さんは人にお金を流すため悪をかって出たのだろう。

それを素晴らしいとは思わないけれど、文句ばかり言う無責任なマスコミや大衆よりはマシではないかと思う。こんな時代、誰だって不安定な選挙を戦いたくないし、何をやってもケナされる政治家なんてやりたくないだろう。

そう思うと私も政治家に挑戦して、文句を言う側から叩かれる側に積極的に出てみようとも考えるようになってきた。政治家になるか、医療関係のNPOを立ち上げるか。政治家を目指す場合は東京を離れることを考えるけれど。

そう、今年のテーマはいろんなことの実践をし、評論より行動をしようと思う。

さて、その一つに超能力教室を開く、ということを考えてみた。これを身近な人に話してみたら、あまり関心なさそうな顔をされてしまった。

どうやらかなり突拍子もない発言にうつったらしい。けれど、私としてはこれからは2012年に向けてアセンションが注目されることは間違いないと思っている。

これまでは1999年などは地球の破滅、世界の破滅かのようなイメージで負の要素が強かったけれど、2012年はちょっと違う。破滅と同時に新しい時代の幕開けというイメージが平行して存在している。

いいイメージではアセンションによって人間の次元が上昇するという主張である。もちろん個人差があるけれど、イメージは伝播する。

マスコミがケナせば、政治家の人気が落ちるように、人がアセンションすれば連鎖する可能性もあるだろう。

次元上昇の一つには超能力を身につけることも含まれる。つまりこれまで、人間の頭はデータや視覚、聴覚に捉われて生きてきた、ということだ。

だからスプーンは金属だから曲げにくいというイメージがあると曲げられない。ちなみに都市伝説外伝!超能力でスプーンを曲げているおばさんが映っていたけれど、あの程度なら私も簡単にできると思った。

念じなくても普通のスプーンなら簡単に二つに折れる。やり方を見せると男性なら誰でもできたけれど、女性はそうでもなかったようだ。

コウピュータの超能力診断をしたら65%で上質のセンスありになっていたから、訓練をしてみたいと思ったのだ。けれど、一人で訓練をするのは根気がいる。

コンピュータゲームは一人で簡単にできるけれど、超能力トレーニングだと短距離走を何本もやるような退屈さがあり、人がいて、タイムをチェックしてくれるなどがないとすぐにやめてしまう自分がいる。

それで思いついたのだけれど、どうだろうか? 誰か興味を持った人がいたら、メールで連絡して欲しい。

さらに追求してみたいテーマに宇宙人がある。たいてい左翼に宇宙人と言うと相手にされないし、職場でもそうである。

けれど自分の本当の姿は宇宙人ではないだろうか? という子どものときからの疑問を探求してみたくなったのだ。

先日設楽さんと飲みにいったときのことだ。カクテルを口にしながら、前世の話をした。彼は前世の話までならつきあえるよ、と語り、「次に生まれるならどこの国がいい?」と聞いてきた。彼は「僕はブラジルがいいな。とても自由な雰囲気があり、人間の深さもあるし」と言った。

「私は金星がいいな」と言った。彼は「金星ってどんな社会かわからないから」と言った。

「金星って貨幣がなく、人間がテレパシーで話すところだよ。大きなドームががあって、七色の噴水もあり、図書館だってあるんだよ」と私は言った。

金星社会の詳細はかなり詳しく語れると思う。その世界はアストラル世界なので、振動数が少し違うから、敏感な人でないと見えないかもしれない。

日本にはいまだに金星人のファンがそこそこいるようだから、そうした理想の社会をこの地球に築き上げられたらいいと思った。

でもお金が好きな地球人が多いとすると簡単に変わるものではないかもしれない。それでも同じバイブレーションを持った人が仲良くすることで、新しい自分が発見できるかもしれないと思った。

これまで封印してきたことを2012年に向けて、思い切って表現していこうと思う。


2010/1/11 月曜日

年の初めにマジック

Author: 早見 慶子

 最近マジックにはまって百円ショップでいろいろ買い、種あかしを楽しんでいる。

 マジックの面白さはそのトリックだけにあるのではない。そのトリックをどのように見せるのか、ということをマジシャンは考えている。ミスターマリックは季節感、情緒のある演技をする。マギー伸司はジョーダンがうまいし、セロは感動するような器用さがある。

 マスコミは民主党を叩くのに生きがいを見出しているようで、品位のない無責任な記事には閉口している。そんなに貶したいのなら、自分で政治家になればいい。

 自分ができないことを人がしていないと言っては、文句を言うのは誰でもできることである。けれど、人を楽しませるのは努力が必要なので、そういう実行する人に私はなりたい。

 子どものときからトランプが好きだった私は、ゲームをやっても強かった。手品の本を読んで親を相手にやってみると喜んでくれた。

 けれど、テレビで見るマジシャンはとても器用にトランプを扱う。手の小さな私はマネができなくて、シャッフルの練習を一生懸命やったことを思い出した。

 舞台に立つ人は、何度も練習し、器用に扱い、トークの練習だってしたに違いない。

 トランプのカードが移動したり、相手の引くカードを予言する。これまで理由がわかなかったけれど、科学的なマジックはさらに不思議だ。私たちは欲しい物を買う習慣になってから、物とコミュニケーションすることが減ってしまったように思う。

 だから一円玉の性質や水の性質についてあまり考えることはない。けれどそれらの性質を使って、水の表面張力で、水が穴から流れないだとか、一円玉が飛んでしまうとか、物質自体の性質がとても面白いことがわかった。

 大学のときに有機化学が嫌いだったけれど、記号を人間だと思うと、愛情が沸くようになったことを覚えている。それぞれの分子に性質があり、結合しやすい人とそうじゃない人がいる。熱によって性質がかわるのも、火事があれば、その街がかわってしまうから、新しく生まれ変わるんだとか・・・

 マジックの中でもトランプやリング、チェーン、コインなどありきたりものが、一見ありえない状況を創り出してしまうから、私たちには驚きなんだろう。

 けれど、百円ショップで売られていると、種を知ってしまう人が増えるから、トリックがバレやすくなると、喜びが半減してしまわないだろうか?

 Mr.マリックのセリフ「人を楽しませるのはトリックではない。マジックをする人が楽しませるのだ」にすべてが語られていると思う。

 歌も音楽を知っているから、聞くのに飽きるということはない。実演する人が上手であれば、何度見ても楽しめるはずだと思う。

 少し上手になったら、イベントのときに使ってみても面白いと思う。どうだろうか?