ちょうど一週間前にイベントをやったのだけれど、経営者の平野さんは不服だったようだ。つまり彼はマルクスの資本論が通用するのかどうなのか、共産主義は終わったと言っていいのか、という問いかけをし、激論することを願っていたようだ。
平野さんの気持ちはとてもよくわかるのだけれど、そこまでマルクスに幻想なんて持っていないのが、私たちの時代なんだと思う。
平野さんの世代、運動が盛んだったから楽しかったに違いない。たとえ弾圧があっても仲間とともに闘う解放感。それは素晴らしかったに違いない。
私たちはソビエトや中国にまるわる報道を聞かされ、あまりいいイメージを持っていない世代だ。
それを全共闘世代から、「資本家よりの報道しかなされていないから、真実は違うのだ」、と聞かされてきた。
ところがソビエトは崩壊し、中国は資本を取り入れて貧富の差が出来始めている。
「それはマルクスやレーニンの問題ではなく、スターリンや後継者の責任だと」左翼から聞かされてきた。
けれど、日本の左翼も内ゲバや、連合赤軍同士粛清、その後もロフトでの襲撃事件など、自分たちの心の狭さと対決しているとは言いがたい行動を起こしてきたのも事実だ。
私はマルクスについてこう思う。人間に対する洞察があまく、暴力による革命、破壊を強調してきたことによる悲劇もあるのでは、と。
彼は暴力革命という理想のためなのか、子どもを三人も死なせている。父親だったら、自分の命を賭けて子どもを守るべきなのだ。百の理論よりも一人の生き方のほうが大切なんだと思う。
権力を奪取すると人間は権力を維持しようとする。マルクスは共産主義を信奉する人間は素晴らしい権力者になると錯覚してしまったのではないだろうか?それは彼自身、一人の夫であり、父であることより、権力を破壊して、その上に立つことを崇高だと考えていたからではないだろうか?
キリスト教だって、イスラム教だって、資本主義だって、共産主義だって権力は腐敗し、いつか取って変わられる宿命にあることが、歴史の中で明らかになっていると思う。
自然界を眺めると子羊よりライオンのほうが圧倒的に強い。ダーウィンによれば、生存競争で勝ったものが、この世の王者になるという。
けれど、現実は子羊のほうが圧倒的に多く、地球上に存在している。なぜだろうか?
ライオンは闘争に勝つことにエネルギーを使い果たすから、子孫の存続のためのエネルギーがあまり残っていないらしい。
種族の保存の観点から見ると、子羊のほうが遥かに有利なエネルギーを使っているということになるようだ。
真実は深く、無限に問題提起する。だから簡単に決めてしまうことはできない。
そこを前提とした上で、資本論の討論を眺めてみることにした。
みんなの発言はおもしろかったけれど、特にリベラルに感じたのは市田良彦さんの発言だ。
私は経済学に集中すると、その圧倒的なパワーというか、金持ちの融資で人生を決められてしまう上下関係に絶望してしまうのだけれど、市田さんは社会運動と一体として考えているリベラルな意識が感じられた。
的場昭弘さんは現象としての経済分析はきちんとしているし、話はとっても上手だったけれど、過剰生産を経済法則のように語っているように聞こえてきた。つまり不況の原因は過剰生産である、と。
しかし、過剰生産がどうして生まれるか、ということはアイマイな気がした。現実は途上国で生産し、先進国が消費している構造にある。だから、働いている途上国の給料を上げれば、消費することが可能であるはずだ。
現実をわかりやすく説明すると、例えばコカコーラを途上国で生産するとしよう。現地に入ってこの土地を譲ってくれ、と交渉する西洋人の営業マンは現地の人の百倍以上の収入をもらっているはずだ。
さらに宣伝するために起用されるタレントのギャラはもっとすごい。さらに株で儲けている人は、公開株だけでなく、未公開株にも手をつけられる権限あり、一夜にしてぼろ儲けできる状況だ。
つまり、特定の個人が大量に収入を持っていき、働く人はものを買えない状態に追いつめられ、過剰生産、つまり売れない状況になってしまうのである。
けれど、経営者はなぜ、そうしてしまうのか?
それは自分の収入さえ保証されればいいし、過剰生産によって倒産しそうになれば、解雇をすればいい。
賃金を抑え続け、解雇を創出していくことによって、労働の僕となる人間を維持できるから、そのほうがいいということだ。
だから賃金の平等な分配によって矛盾は解決できるのにあえてしない人間の悪意によって不幸はもたらされているということだと思う。
市田さんの語る小さなコミューンは小さなカタチでしか実現できないと思う。けれどそのほうが安全だろう。大きなコミューンをつくれば、変な人を潜入させ、変な事件を起こしマスメディアに「恐い集団」という宣伝をさせることによって、簡単に潰される可能性だってあるからだ。
塩見さんはあいかわらず「世界同時革命」という妄想的な見解を貫いていた。よど号の問題だって残っているんだけどなあ。
日本赤軍にしても「パレスチナ支援」でアラブに向かったのではない。「世界革命の根拠地建設」でアラブに向かったのだ。現実は簡単に行くものではない。特に国境を越えればなおさらだ。まあ、塩見さんらしい見解なんだろうね。
私は塩見さんがバイトをするようになったのは、とても進歩的だと思ったのだが、ある人から「塩見さんはバイトするだけで、自慢できるのだからスゴイ」と言われてしまった。
全体的におじさんパワーはすごかった。元気がよく自信がある。そういう世代に負けない気力というものを私たちも創りだしていきたい、と思った。
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Archive for 2月, 2009
2009/2/27 金曜日
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2009/2/17 火曜日
ロフトで赤木智弘さんと対談
(左から秋山喜一さん、早見慶子さん、赤木智弘さん、金垣広行さん) この日、会場には多くの方がかけつけて来てくれて、とても楽しくイベントを行うことができてほっとした。 今回は赤木さん以外に秋山喜一さん、金垣広行さんという若手も登場。彼らは登壇するのは初めてだけれどがんばって発言してもらった。 赤木さんのようにブログを中心にして活動してきた人は、壇上で発言するのはどうだろうと思ったけれど、一生懸命対応している姿がヒシヒシと伝わってきて気持ちよかった。 少々言葉がかみ合わず、これまで同世代の人と語ってきた彼は対応が大変だったかもしれない。 争点は国家に期待をかける赤木さんと、国家に期待してもダメだという見解の違いが大きかったと思う。アフガニスタンやイラクにならないように国家は金融資本の言いなりになっていて、国民のことは二の次になっていると私は思った。 若者が国家に訴えようとするのを応援できれば、よかったのかもしれない。でもムダだと思っているから、リップサービスなんか私にはできない。だっていい加減に同意することは不誠実ではないだろうか?政府に期待するより、自分たちで支えるコミュニティのほうがリアリティがあって楽しいではないか? と思う私。 さて私がマジメすぎるだとかいろいろ批判があったけれど、少し整理できたことがある。それは赤木さんたちは最低限の人間としての家や食事を用意しろ、という若者の悲痛な姿をわかってほしいという要求。貧しくさせられた世代に生きる権利を与えろという欲求。多くのことを望むのではない、最低限の生活欲求だ。それに比べ、物が豊かになった時代の私たち。私たちの心は決して豊かではなかった。自由がなかったのだ。そう、あの当時私は後輩から自由がないと聞かされることが多かった。たぶん勝手に与えるだけ与えられ、自分たちでつくっていく創造力のような何かを奪われてしまったのだろう。 クリスマスイブを家族で料理を作って楽しむ空間から、レストランからホテルへと用意された生活。 私たちは物に溢れても、大切な何かを求めていた。あの時代オウムや幸福の科学などの新興宗教が流行ったのも、新しい価値を求めたのだ。早川さんの手記にも「真理」を探究するためにオウムに入ったと書いてあった。林郁夫は解脱を求めて阿含宗に入り、それをより深めたように感じたオウムに転身して悲劇は起こった。 林郁夫は数千万円の布施と家をオウムに差し出し、殺人犯になってしまった悲劇。それは失うことで真理に巡り合えると信じたから、財産を放棄したのだ。 だから私は「生きさせろ」ではない。「生きる」だ。そう、価値は自分で探し出さないと、人生はただ虚しいだけだ。大人は物を与えれば、人はついてくると思ったのだろうか? でもそうではなかった。物なんかに釣られてなるものか。 そんな時代の私たちは今も生きる価値、真実を求めてさ迷い、時に迷路にはまり込んでしまう。何かを見出さない限り自分が失われてしまうと思ったからだ。 さてこうした討論の中でひときわ冴えた発言が劇団再生の高木尋士さんから語られた。「劇団再生のメンバーはみんな若くて派遣で働いて、その後に練習をしている。それでみんなイキイキとしている」と。 そう、人間の生きる価値はお金だけではない、ととても核心にせまる内容をきれいに集約してくれた。 たぶん活動をしてくると、成果を上げなくてはいけないとか、社会を変えなくてはいけない、というプレッシャーでときに真実を見失ってしまうこともある。でも彼は演劇ということを通じて、自分を見つめる、という一番大切で難しいテーマに取り組んできたのだろう。とても素晴らしかった。 途中から登壇した鈴木邦男さんも最後にトラさんの話を出してくれて、テンパッて活動してきた私へのやわなかなメッセージを送ってくれた。 今回観客の長岡さんは花束を渡してくれた。とても可愛らしい花束だ。それに藤江さんは母の供養にと御怫前を渡してくれたし、萩原さんはクッキーを差し入れてくれた。それに十文字君は写真をとって活躍してくれて、この写真ができました。観客の人たちも熱心に話を聞いていただき、とてもうれしかったです。 若手の金垣さん、会場を盛り上げてくれた秋山さんにフォローされうまくがんばれたと思う。ありがとう。 赤木さんは過激な言動を語りながら、人間的にはとても誠実だし、よく勉強しているこれから有望な青年だと思う。そういう人と対談できたのはとてもいい体験だった思う。 今回はロフトの平野さんも駆けつけてくれて盛り立て役を担ってくれたので、私は少し鍛えられたと思う。みなさんどうもありがとうございました。
2009/2/15 日曜日
2月16日の阿佐ヶ谷ロフトに鈴木邦男さんも登場!
今回「希望は戦争か」? 「希望は愛か」? に石原伸司さんがゲストで登場することになっていた。石原伸司さんの忘年会のときにイベント案内を渡したら、興味を示し、その後の流れで正式にゲストで登場してもらうことになっていった。
2009/2/13 金曜日
警察と監視社会
私のダチで現場労働をしている人がいる。下請けの下請け、つまり孫請けである。そんな彼はは重い機材を運んで車で移動するのだけれど、駐車場がいっぱいのときは大変である。 |
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