私は髪が長いので、仕事をするときは後ろで束ねている。薬剤師という仕事柄、清潔感を出すことが求められているからだ。
もちろん受付事務の人は長くても束ねずに仕事をする。けれど、薬剤師の業務マニュアルでは、髪は束ね、マニキュアをせず、アクセサリーもダメ、化粧は薄化粧と書いてある。
そんなんで、守らなくてもバレないけれど、何となく業界の常識のような雰囲気になっている。
さて、つい最近髪を束ねようと後ろに手を回したら、うなじがえらく上にあるように感じた。
「あれ、私のうなじこんなに上? 何か変だゾ」
そう思って地肌をさわていたら、後ろにスベスベとした空間、全く毛髪のない空間が親指の頭よりも遥かに大きく広がっていた。
私ひゃゾーっとした。これはハゲ? なんども確認する。間違いなく、スベスベな空間がある。先日美容院では何も教えてくれなかった。たぶん気づいているはずだ。けっこうな大きさなのだから。
きっと「お客さん円形脱毛症ですね」と言えなかったに違いない。まあ、いちいち言わなくても本人が気づいているだろうと思ったのだろうか?
その美容師の心のうちをさぐる。いつもマイナス語を人に言わない人だからやっぱり言い方に悩んだのだろう。
この空間ふりかえるともっと何日か前に髪を洗っていると抜け毛が多いことには気づいていた。けれど、毎日洗っているわけではないので、そのせいだろうとも思っていた。
それに髪は秋から冬にかけて寒い時期に抜けることが多い。体験的にそうだ。草木も冬に枯れるように毛髪も同じだ。寒くて血行が悪い。太陽の光は髪にいいけれど、冬は弱くなる。だから、たいていこの時期の抜け毛が多いのは仕方ないことだと簡単に考えていた。
さてこのハゲ、円形脱毛症かどうか確認するためにはそのハゲの周囲の毛を軽くひっぱって痛みがなく抜けるか? ということが判定の基準だそうだ。
このハゲによって私の髪はとても寂しい現状だ。ロングヘアだから隠れている。けれどさわると左半分は右半分の分量と大きく違う。もともと柔らくて、細い毛質だからボリュームがないほうだ。だからひっぱって抜けるチェックをするなんて恐くてできない。
私は久しぶりに恐怖というものを味わった気がした。このハゲこれからも広がっていくのだろうか? 私は円形脱毛症が広がってカッパはげになった若者を知っている。
カッパはげはその頭頂にコインどころかテニスボールくらいの大きさまでに広がっていた。けれど、周囲の毛は黒々と勢いよく生えているから、一般のハゲとは大きく違う。
本で見ても、かなり広がった女性の例が写真つきでのっている。私はいつのまにか、その円形脱毛症の部分に意識があるような感覚におそわれた。
何か周囲の毛髪と違う感触。そこだけが痛点があるような感覚だ。一生懸命ガンバレとエールを送る。
けれど1日すぎても、2日すぎても生えているような感触はない。
さて、この円形脱毛症はストレスで起こると言われている。けれど、ストレスなんていつもあったし、今が特別ひどいわけでもない。
しいて言えば、書き上げた原稿が出版社で眠っていて音沙汰ないので、ものすごいジレンマ。でもこれは最初の本を除いて、放置されてやっと出版にこぎつけるというパターンだったから今に始まったことではない。まあ、ひとこと「OKかどうかの返事はいついつまでに出す」と言ってくれればいいだけの話なのにと思う。
だから癌かもしれないと疑いつつ、癌だと宣告されず、けれどもどうも家族がよそよそしいと思える人にとって、宣告があったほうが楽だということがわかってきたのは今の医療だ。だから医者は宣告する。とても緊張することを若い医師が年齢のいった家族に話をする。
それなのに、マスコミという業界はそういうことがない。ひとこと。OKでもダメでもいつが宣告を下す日なのか教えてほしいと思う。
私たちの職場は患者さんの苦情にいつも頭を下げる関係だ。飲み間違えて薬が少なくても怒鳴られて、オタクの薬局が数を間違えたという主張に悩まされたり、お金を払わなくても当然と思っている人がいたりといろいろだ。
私たちは薬を取り間違ったり、説明不足だと損害賠償が待っているから患者の心象というのは大切な領域だ。客商売で穏やかな笑顔を見るとそれだけで幸せになる。
もちろん医師だと患者選びをする人もいるようだけれど、薬局は医師が処方したものだから、拒絶はできない。すぐに用意できなくても後日用意をするか、他を紹介するか、と法律に定められている。
だから何が言いたいかというと、私たちは苦情もちであろうが、メチャクチャ怒鳴られても、笑顔で接し、静かになって帰ってもらうことも仕事の一部なんだということで、調剤する作業だけが仕事ではない、ということだ。
出版社は読者が、読んでつまらなかったり、腹をたてても返品にはならない。つまり、「オタクの本を読んで、不愉快になった」
「子どもが自殺したのはあんたの本のせいだ」
「読んで頭痛がした」ということがあっても読者はちゃんとお金を支払っている。
だから腰がひくいマスコミ関係者が少ないのかもしれない。
もちろん業界の人も多くの分量の本や原稿を読み、大変なんだろうけれど、大変な業種は山ほどある。私たちだって立ちっぱなしの仕事だし、マッサージの人が何人もマッサージをすると手が疲れ果てる。
重いものを持ち運びし、肉体的にきつい人もいれば、薬品を使って、手あれやアトピーを悪化させている人もいる。
そんな状況を考えると今どき楽な職種なんてないのだから、横柄な態度でもいいというのはマスコミが権力だからだろう。
いずれにしてもその強い立場のマスコミが売ってくれるのだと思えば、それもありがたいと思わなければならないのだろう。
それ以外のストレスは仕事量が減って怠けていると自分を非難する自分の心だろうか? そう思わないようにしているけれど、どこかで自分の日々を責めている気がする。
他の人が働いているときに、本を読んでいる自分。これまで忙しくて読書量が圧倒的に少なかったから、休みの日は徹底的に読んでしまう。心の片隅で、他の人は毎日働いているし、仕事なくて探している人がいる、と思うとやっぱり自分勝手ではないだろうか? とそれまで仕事と活動と人一倍働き続けた自分の天国を攻撃してしまう自分の習慣であろうか? この年末年始を大変な思いで過ごす人たちは本当に苦しいに違いない。ただ今のお金だけでなく、来年の見通しが立たないというか。
そういう人のことを思うとどこか自分が罪を犯しているような錯覚に陥ってしまう過去の習慣が自分を苦しめてしまうのだ。
かつてはそういう単純な思いが誰をも救わず、自分がボロボロになっただけであった。だからマイナスな回路をやめて、豊かさを信じて、いい方向に向かうことを自分だけでじゃなく、他の人にも味わってもらうほうがいいはずだ。
だから、自分が豊かであることを許すのが、この世界をよくする第一歩だとやっと気づいた。一人の笑顔は人を幸福にする。それはどんな状況でも笑っている自分をつくることだとわかった。
だから状況の困難を喜びの種に変える。それは意識をコントロールする力だから自分の中にあるんだとわかった。
だからやっぱりあまりストレスはなさそうだ。
ただひとつ五十肩。まだ痛い。夜中に痛みでよく目が覚める。この状態は少しは腕の上がりがよくなったけれど、まだ尋常ではない。
だから、服を着たり、脱いだりという簡単なことも、片手がうまく動かないため、右手でかなりフォローしている感じだ。
痛みが激しいと頭痛も起こり、本を読む集中力がなくなる。これまで、時間があれば本を読めると思っていたけれど、痛みは快適な読書をはばむ要因だとわかった。
ところでこの五十肩と円形脱毛症。これは明らかに更年期障害であることがハッキリした。だって今までこんなことはなかったのだから。ストレスについて振り返ると過去のほうが辛いことが多く、もっと濃厚なストレスだっただろう。
けれど、身体の老化。私は自分は無縁だと思っていたけれど、ヤッパリ肉体に拘束されるのが人間なのだと痛感した。
肩や節々の潤滑な動きの変化。ストレスが円形脱毛症になって毛髪の活力を奪ってしまうということ、これはホルモンバランスが崩れて、違う身体になっていくことの兆候なのだ。
さあ、来てしまったからにはしょうがない。どんなふうにハゲとつきあい、はげになった一帯の毛根が蘇ってくれるように元気づけるしかない。でもここで「はえろ」というのは禁物。
リンゴの木と同じように「毛根よ。今まで髪を育てて、頭を守り、髪型を楽しむ生活まで与えてくれてありがとう。もうしばらく私を楽しませてくれると嬉しいよ」と語りかけよう。
いずれにしても毛髪がなくても人間は生きられるのだ。余計な期待をかけて毛根にプレッシャーをかけないように気づかっておかないとね。
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Archive for 12月, 2008
2008/12/29 月曜日
read users’ comments(4)
2008/12/13 土曜日
12月6日 劇団再生の「スーザンナ・マルガレータ・ブラント」を見る
私は毎回、劇団再生の演劇を見に行っている。決して義理ではない。その迫力に憑かれてしまったからだ。人間の苦悩を一緒になって苦しみ、そして光を求めようとする姿にいつも魅了されてしまう。
2008/12/1 月曜日
元厚生事務次官殺傷事件と小泉容疑者
この事件、元厚生事務次官ばかりが狙われたこともあり、指紋も一切発見されていない。そのせいか、当初は政治的な意図があるかのごとく思われていた。
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