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2008/10/28 火曜日

土と平和の祭典に参加

Author: 早見 慶子

最近考えていることの一つに農業がある。金融に依存し、自然を破壊する現実に抵抗するひとつのライフスタイルの未来を求めて。

 この祭典は加藤登紀子さんと娘さんのYaeさんが中心になり、藤本敏夫さんの農業への思いを残していこうとイベントにしたものだ。そのせいかライブが若干農業と関係なく加藤登紀子さんやYaeさんの人間関係になってしまった気がした。

 出されている模擬店が農業を経営する人々であることが、農業イベントであることを示している。最初のトークも観客がライブと模擬店に集っているため、少なく5分なので挨拶だけになってしまったのがちょっと残念だった。

 せっかく農業を人々に伝えるなら、農業が楽しいとわかってくれるイベントのほうがいい。例えば農業クイズ。

有機農法と無農薬の違いは? 

きゅうりとズッキーニはどう違う?などの質問に二者択一で選んで、みんなに参加してもらう。それで最後まで残った人が野菜をもらえるとか・・・

おからハンバーガーなども売っていたのだから、レシピを公開し、実演してみせるとか。

生ゴミをどうすれば、堆肥にできるかの「誰にでもできる実践コーナー」だとか。

 帰ったときに食べた記憶と演奏を聞いた記憶、農民がどんなものをそれぞれ栽培したのかというトークしか印象になく、家に帰ってこれはやってみよう、と思える吸収がなかったのが残念な気がした。

 そうは言ってもこれだけのイベント自体が大変なんだろう。

私は農業だけでなく、自然と友だちになりたいと思うのだ。青森県で無農薬のりんごを育てている木村さんは切りかえるのが大変だったらしい。10年かかったという。家に800本あるりんごの木に「実をつけてね」と1本、1本声をかけてまわった。それでも枯れてしまった。

もう死んでしまうかもしれないと思った彼は「どうか枯れないでおくれ」とりんごの木に頼んだという。そしたら花を咲かせてくれた。

 たぶん虫にやられた木は実をつけるのが負担だったのだろう。「ただ枯れないで生きていてほしい」そう思ったときに気持ちが伝わった。

 人間だって「いい成績をとってほしいな」といつも言われたら、疲れてしまう。でも「ただおまえがいるだけでいいんだよ。ただ生きてほしい」と言われたら、何とかがんばれるだろう。

 何気ない言葉が植物にも伝わるのだ。

 そんな木村さんはきゅうりについても語っている。きゅうりはへたのところにつるがある。そのつるが親しくなった人間には指を差し出すと巻きついてくるのだ。巻きつかせようと何回行ってもダメらしい。ただ友だちのようにきゅうりを大切にし、仲良くする。そんな人が指を出すとつるが指にからんでくるというのだ。

 きゅうりもあいさつをしてくる。そんなふうに考えると植物のハートを感じながら、育てられるではないか?

 人の心は育てることによって成長していく。だから私の心も植物とキャッチボールできる気がするのだ。

 今度イベントがあったら、みんな農業しながら、どんな会話をしているのか、ぜひ話してほしいものだ。

 仕事をしても貧しく、拘束時間が長くなるこの時代。自然を大切にする日常は、もしかしたら私たちをとっても豊かにしてくれるのではないだろうか。


マンハッタン区(Manhattan)とクウィーンズ区(Queens)の間にある小さな島がルーズベルトアイランド(Roosevelt Island )だ。そこにかけられたクイーンズボロブリッジ(Queensboro bridge)が長くのびている。その橋の近くをケーブルカーが通っているので、ちょっとした風景が楽しめる。

 このケーブルカーも地下鉄のフリーパスで行けるから格安だ。さらに驚くことにこの川の下を地下鉄が走っていることだ。つまりクイーンズ区、川、ルーズベルトアイランド、川、マンハッタンと変わる街並みの下は同じ地下鉄一本なのだ。

 もちろん風景を楽しむのは、ケーブルカーがお奨めだが、地下鉄を川の下を通してしまうのが、アメリカ的だと思った。

 まさに自然をつくり変えようとする挑発的な態度。そんなことをやってしまおうとする自信。開拓者ならではの発想だ。

 たぶんその重労働は黒人などの有色人種が担っていったに違いない。考案した人が自分たちで掘ろうと思ったら、たぶんやらないだろう。

 さすがに地下鉄に乗るのにエレベーターを使わないと、何度も階段を登り降りすることになり、いい運動だ。

 ニューヨークの地下鉄はそれほど新しいわけではない。だからその作業のことを思うと、きわめて苦労したことだろう。感動と同時に苦悩が伝わってくる複雑な心境だ。

 たぶん炭鉱で働く人の苦労に似た何かがあったに違いない。今私たちがこの風景を楽しむ背後にある技術のサポート。いろんなことを感じながら、この日は感謝して楽しむことにした。

 人間って単純で、空から川を眺めているだけで幸せな気分になれるってことがわかった。小さな子みたいに、ケーブルカーを往復し、地下鉄も往復した。この感動を何回も味わってみたかった。

 この島にも台湾リスがいっぱいいた。時間がなくて島は散策できなかったけれど、自然の木々や草が見られ、歩きたいところだった。

 この川は夢で見たことのある川に似ていた。街の間を太く力強く走っている。夢ではいつも私が泳ぐ。さすがに泳がなかったけれど、ちょっとした幸せを運んでくれた。

 飛行機の中で。

 飛行機は長時間の旅なので、体調が持つか心配だった。乗り物ではいつも気持ち悪くなってしまう。けれど、案外大丈夫だった。

 かつて座席ごとにあったスクリーンも今は中央に大きく写るだけだ。その言語が英語が二つ、日本語、ドイツ語だった。何でアメリ英語とイギリス英語が選択されるのかわからない。アメリカと日本を走る便であることを考えると、イギリス人への敬意の表れなのだろうか?

 アメリカ英語に慣れている日本人にとって違和感がなくても、イギリス人から見れば、崩しすぎているのだろうか? フランス語や中国語がないのにドイツ語なのは何でだろう? 機会があればノースウエスト航空の人に聞いてみたいと思った。

 飛行機ではたまに立ってトイレに行く。と言っても1回かせいぜい2回だったので、かなりすわった状態で我慢していたことになる。もちろんエコノミークラスだけれど、身体の大きな人はもっと大変だから、割と楽なほうだったのかもしれない。

 トイレに行くと私の顔が変色し、しわが深くなったように見えた。気圧が違うと顔が変形するのだろうか?

 それともトイレの鏡のせいだろうか? でも明らかに違っている。人の顔が状態の違いで、こんなに変化を起こすなんて不思議だと思った。やっぱり物体としても性質から自由でないんだなって思った。

 となりのお客は日本人の親子だった。父親が娘のことを「あなた」と呼んでいるのが不思議に思えた。何かを執筆している人らしく「原稿を書かないといけない」とか言っていた。

 声をかけてみようかと思ったけれど、まだ私はたいした経歴でもないから、控えることにした。

なんだか日本が近づいてくるのが寂しかった。

 とてもステキな想い出がいっぱいつまった旅。自由なアメリカのイメージをいつまで失わないでいられるのか? 

 日本の人を罰しあう狭い意識に閉じ込められないで、夢を抱き続けていきたいな。そんな私なのに、今日は図書館にあるお店の対応 があまりにもユッタリすぎてイライラしてしまった。「あ~、また短気な日本人に戻ってしまった。ダメダメ」って反省する。

まずは自分の意識を変えないことには始まらないからね。


 ニューヨークに来たから、自由の女神を見ようと思った。実物のところ見物するのは1ヶ月前に予約の必要があったので、諦めた。

代わりに船で周遊するコースにした。案内はNOGUCHIさんという上品な女性だった。彼女はニューヨークの州知事が変わってからとても治安がよくなったと語った。デイビッド・A・パターソンのことだろうか?

スラム化したところをきれいにすることによって犯罪は減っていくという。知事や大統領などの政策への関心は日本と違う。アメリカは市民も政策に巻き込んでいるのがすごいと思った。

「長いものに巻かれろ」という文化の日本。

“government of the people, by the people, for the people”と語るリンカーンの言葉を尊重してきた国民性。

いろいろ考えさせられるところだった。

 彼女は私のためにネットでチケットをとってくれた。ところが現地では初めてチケットを買う人の列で並ばなければいけなかった。

 いろいろ質問して、チケットを買おうとするお客。片やネットでチケットを買っているから、時間が決まっている私たち。刻々と過ぎていく時の流れに苛立ちながら、待っている。

 たぶん日本だったらネットでとったチケットを持った人まで、こんなに長い行列に並ばせないないだろう。

 けれど当たりを見ても焦っているのは私たちくらいだ。みんなニコニコして待っている。時間に対してセッカチなのは日本人の特質らしい。

 ここの国ではお客のさばきの善し悪しなんて気にしない。最初から期待していないらしい。商売する人は日本のほうがきちんとしている。お客のマナーは日本はやたらと悪い。

 私も忙しくて仕事がさばききれず、お客を待たせるとやたらキレまくる。普通の知り合いだったら、絶対にケンカ別れするような暴言である。そういうお客の対応をいつもしてきた。そう、日本にいるとお客には期待しなくなるものだ。

 もともと西洋では働く人に敬意を表する文化があった。けれど、日本は買う人に敬意を表わす文化だ。自分がちゃんとやってる分だけ、お客になると文句を言う。

 しかし、お金を出す人は金持ちで、働く人が貧しかった歴史を考えると、「長いものに巻かれろ」という地位の高い者へのコビる文化が背景にあったのではないか? と感じてしまうから、あまりよくない習慣だと思う。

 いいお客になることも今後は考えていく必要があるんじゃないか、と感じた。東京の満員電車や酔っ払い客などのマナーの悪さをいつも見ていると、ニューヨークではそういう光景を目にすることはなかった。

 この自由の女神はフランスの民衆の募金によって作られ、1886年に完成した。だからこの女神はフランス共和国の象徴「マリアンヌ」がモデルだ。ドラクロワの絵「民衆を導く自由の女神」とバルトルディの母親がモデルになっているということだ。

 マリアンヌとは実在した存在というより、擬人化されたイメージらしい。フランスのパリで完成したものをアメリカに運んだという。

アメリカ合衆国=イギリスと思っていたけれど、思わぬところでフランスが登場していた。

 2時間かけた周遊の間、トークショーのように男性が説明し続けていた。逞しい体力だ。

NOGUCHIさんの娘さんが働いているホテルがあった。高いところだと一泊300万円もするという。どういうお客なのだろうか?

 だからチップだって10万~50万も払ったりするという。世界の富の不均衡はますます拡がるばかりだ。

 さてその後、紀伊国屋書店でTODOさんとかれの知り合いのワークショップを主催している女性とドッキングした。TODOさんはそこで催眠療法かなんかを受けて、ギリシア時代にコロシアムとかで闘牛士のように勇敢に闘っていて強かった時代を思い出したという。

 「そうか。オレはかつて筋骨隆々の勇敢でカッコいい男だったんだ。自分の心の片隅で、その時代だったオレの魂が支えてくれているかもしれない」とう思うと元気になれたという。

 経営をしている彼は、普通の人より浮き沈みの激しさを体験しているはずだ。だから話が奥深い。彼はいつも人を楽しませようとしてくれるので、私たちの緊張をほどいてくれる。

 その女性は私が戦旗派にいて滅私奉公していたように、アメリカの宗教団体で同じ経験をして、やっぱり誰かの意志に従うのでなく、自分の意志で生きることにしたという。同じような体験だったので、意気投合した。

 TODOさんも統一教会の合宿に参加したという。けれど彼は正座ができないらしい。日本のお葬式でも正座しない。だからお坊さんからふざけている、と注意されたこともあるくらいだ。でもどうしてもできない。正座がイヤで、その合宿からも途中で帰ったという。

 彼はいつも自分を持っている人なんだろう。たぶん私なら「正座をできない自分はダメなのか?」と悩んでしまう日本人的な協調性に埋没してしまうに違いない。

 その後私とTODOさんはODAさんの家に直行した。私と似ているというCHIKAさんをTODOさんが招待していた。彼女はハズバントを連れてきていた。

私の最初のアシスタントだった女性も来て、賑やかなパーティだ。食事はODAさんの手料理。手巻き寿司をメインにいろいろ出してくれた。こういうところで日本料理を食べられるのはとてもうれしい。

 こんなステキなパーティが無料で楽しめたのはとてもありがたいことだった。

 CHIKAさんはとてもキレいな女性だったので、似ているなんて悪い気がした。彼女のパートナーが「2012年問題」に関心があるようだった。

 1999年のノストラダムスの予言が過ぎ、今話題の2012年問題。年代は別として、地球に問いかければ、人間たちによって苦しめられていることはよくわかるはずだ。

 そんな言葉もあってか、私は「Barnes & Noble」という書店で、「2012」という本を買った。もちろん英文だ。

 そのせいかその本はまだ私の部屋で眠ったままだ。まあそのうち読もう。大切なのは、私がどこまで大地を気づかって生きるのか、という今後の生き方のなんだと思う。

 今は都会生活なので、周囲の木々や花に声をかけるようにした。これまで気づかなかったけれど、どこに家にどんな鉢があるのかわかるようになってきた。そんなことしていると植物に対して愛情が沸いてくる。

 いつか自分で育てるようにしたいな。


 もともとこの旅行のきっかけになったのが、ネットで出会ったTODOさんだ。彼はもう二十年以上ニューヨークに住んでいる日本人でレストランを経営している。

 三人で共同経営ということらしい。後の二人は若い女性らしい。ここニューヨークで生きる女性は日本人の殻に篭ることなく、自立して自由に生きている。

 TODOさんのお店は「うみのいえ」という和風レストランだ。私の行ったお店でもっともおいしい料理を出してくれる。アメリカの料理はどちらかというと甘さが強く、塩分が少ない。日本食に慣れた私は、どうしても和食が食べたくなる。日本にいると和食より洋食のほうを多く食べているのに不思議な現象だ。

 ときおり宿主のODAさんが和食の手料理をご馳走してくれた。高級レストランに行かなくても、おいしい食事を楽しめて快適だった。

 このODAさんのお店で三人の日本人女性に会った。みんな品のいい人ばかりだった。私の書いた「I LOVE 過激派」を気に入ってくれた人らしく、政治には詳しい。と行っても自己主張が強いのではなく、かつてアメリカでも反戦が盛り上がっていたころ、ヒッピーが流行った。若者は長髪にした髪をなびかせながら、運動やらマリファナやら音楽やらに熱中しまくった。何か心の底から、煙のようにくすぶる社会への怒りを表現しようとした。その怒りは決してネチネチとしたものではなく、どこか解放感に包まれた喜びの叫びと表裏一体だった。

 そんなアメリカと二重写しになった日本の全共闘運動。過去へのノスタルジーと一緒に想い出を呼び覚ましかのように、あの時代を振り返りたかのだろう。

 彼女たちは日本の若者が貧しく格差社会が進行しているのを憂いていた。いつの時代も若者は貧しい。けれど、団結して叫び声をあげる気運はかつてより、引き気味だ。弾圧によって負けてきた歴史は、就職先を見つけるほうが利口であると若者に印象づけたせいなのだろうか? 

 そんな中でも細々と運動する人たち。けれども圧倒的多数の労働者を巻き込むことは遠い先のことだろう。声を上げるのはいつも知識人が誘導しているのだから。

 日本のことを心配してきた彼女たち。それが今はニューヨークを奈落の底へと突き動かすほどの、金融恐慌前夜のありさまになってしまった。

 彼女や彼らはみんな「ユダヤ人」には関心を示した。すでにこういう演出は金持ちがお金のコントロールをしていることに気づいているからだろう。

 事件を起こして株の買占めを行う。高くなったときに売る。そういうテクニックによって大手の資本は彼らの手の内に入ってしまっている。けれど、大切なのは絶望することではない。そういう流れを変える力はみんなの中に十分備わっている、と私は信じている。

 だから、彼女たちのように自立している人たちは、きっとこの困難を乗り越えてイキイキと進んでいくに違いない。私はそう信じている。

 さてレストランでTODOさんは雰囲気を盛り上げようと、昔世界を旅して、出会った西洋人女性とのロマンスを話してくれた。全く関係なく旅をしているのに、何度も出会ったので、お互いにこの偶然はただものではない、と感じとったらしい。もしかして運命の赤い糸かも・・・

 彼女の家でパーティをしたときに彼女から[Sacrifice]と言われたらしい。彼は[What is that mean?]と応えてムードを壊してしまったという。

 そんな楽しげな会話をいつも用意している彼は広い人脈に支えられている。たとえ恐慌になったとしても人がいるなら、その人は生きられる。人によって人は生きているのだから。

 そんな彼はさらにいろんな人を紹介してくれた。