実録・連合赤軍とは違い、とても空いている。平日ということもあるのだろうか? 主役の岡田中将を藤田まことが演じている。子どもの頃の藤田まことといえば「てなもんや三度笠」のイメージがついてまわってしまう。「はぐれ刑事純情派」では、成熟した役者ぶりを発揮させ、とても魅力的なおじいさまになっていた。 そんな実力があったのだろう。苦境に立たされても部下を守り続ける美しさを損なうことなく、演じきっている。 私はこの映画でアメリカ軍の空襲の卑劣さを初めて知った。実家の豊橋も焼け野原となり、逃げいく途中に炭になった人間たちが転がっている。家族や友だちの死を目撃しながらも、止まっている暇なんてない。 そう、人間を殺し尽くす作戦だったのだ。爆弾を落とす。逃げる方向にも落とす。火の手が回って焼き殺す、残酷な殺し方だ。そう、戦争だったからではない。暴力のあまりの惨たらしさに抵抗力を失わせていく、権力の誇示が目的だった。だから広島、長崎に必要もない原爆を落としていったのだ。 結局岡田中将軍は死刑になった。でもどこまでも堂々しており、敵にさえ、尊重した態度をとり、部下の減刑を意識している。たいていみんな自分がかわいいから、他人のせいにしたがるものだ。こういう勇気を見せられると昔の時代の美学は今も守らなければ、という責任感にかられてしまうのは、私が活動家だったせいだろうか? この裁判を見たとき、捕虜への処刑も根拠があって行っているケースもあったのだと気づかされた。 復讐なら赦されるというチャンスがあったけれど、岡田中将は媚びるつもりはない。処刑だったと主張し、死刑を覚悟した。そう、彼にとっては自らの命より、真実のほうが大切だったのだ。彼の考え方の根底には仏教があった。仏教とは悟りを切り開くことである。魂の気高さこそ問題であり、天皇制のような膠着した絶対的関係ではない。 だからこそ、永遠に修行を積む。悟るまで。結局現世とは己の修行だけがある。他者を通じて己を知るために。ところが大方の人は他人の評論に明け暮れて、自分を見つめようとしない。たぶんそうなってしまったからこそ、精神的に虚しいのだと思う。 この映画を通じ、もう一度自分を見つめなおすことの大切さを感じた。部下を大切にするリーダーであり続けること、それは権力を持った人間にとって簡単なことではない。だからこそ、岡田中将の生き方を手本にできたらと思った。
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Archive for 4月, 2008
2008/4/21 月曜日
4月12日 天皇ごっこを見に行く
見沢知廉。亡くなってからでも存在感があるのは、その独特のキャラクターのせいだろう。
2008/4/15 火曜日
4月6日(日) 実録・連合赤軍あさま山荘への道程を見る
この映画、上映されて何日もたっている。にもかかわらず、ものスゴイ列に驚いた。ここのところ左翼映画でこうしたヒットは珍しい。年配の人ばかりかと思いきや、若いカップルの姿もあちこちに見受けられ、どちらかというと私より若い人たちのほうが圧倒的に多そうだ。 そう、あの世代の子どもたちに違いない。親からそういう話を聞いたのだろうか? 3時間近い長さにもかかわらず、退屈させないこの映画は若松監督の作品の中でも最高傑作に違いない。
2008/4/8 火曜日
4月2日 太田龍さんと対談 PART2
この日の龍さんは椅子でくるっと回ってなかった。壁と机と椅子の距離。くるっとまわると足がひっかかって回れない。そのせいか髪に手を当て、おでこを見せる。一面に広がる額。 よくみると龍さんは77歳というのに髪がふさふさしている。それにグレイだから黒髪がかなり残っているに違いない。だから後退していない立派な額だ。どうどうと見せ、「どうだ。フサフサだろう」と見せつけたらいい。いや、龍さんほどの人はそんなところで自慢なんてしない。 彼は主張の世界でのこだわり以外はあまり構わない人に違いない。今日は赤のタータンチェックのシャツにジャケットを羽織っている。だから若い格好だ。どこも違和感なく受け入れられてしまう。いや、こんなことを言っては失礼だろうけれど、かわいく思えてしまうのは私が女性だからだろうか? 元戦旗の荒さんとは違ってかわいい。 さて、龍先生は3月25日の「女たちにも言わせて国防論、そして男論」はどうだったか、どんな話だったか関心を示した。女性ばかりだから家族の話が主体だったと話した。「そうですか。私なら、国防を語るなら、まず占領軍と闘うべきだと思いますね」 確かに最近のアメリカ軍の不祥事は目にあまるものがある。タクシーの運転手が虐殺される。強盗にあう。女性が強姦される。 それは何故か? 彼らはアメリカのために来ていて、日本人のために来ているのではない。だから日本人より上だと思っている。それは上官からしてそうだ。下級の兵士は上官から厳しくされ続けた腹いせをさらに弱い非武装の日本人に向けられて発散させる。 太田龍さんは明治以降ずっと日本の天皇はイルミナティの支配下に入っているという。特に昭和がひどくなったらしい。明治天皇はまだ、日本人としての意識を持って子供時代を送っている。そして長州と一部の薩摩の取り計らいでイギリス王室からガーター勲章をもらっている。だから苦しんでいる。 しかし昭和天皇はその裏を知った軍人たちの決起を処刑によって報いた。なぜ死刑にする必要があったのか?そして占領軍の駐在をまっさきに認めたのは昭和天皇だった。だから政府も何も言えなかったらしい。 その間の書簡のやりとりがアメリカで情報公開されている。その情報が日本でも流れたけれど、すでに書店からは姿を消しているという。 安保闘争の高揚の時代は過ぎた。しかし、「他国の軍隊が存在しているのはなぜか?」という問いさえも忘れてしまっていいのだろうか? すぐに新しい話題に飛びつき、本質を考えさせない報道。でも時に自分の頭で問いかけてみないと、とんでもない現実になってしまうかもしれない。 |
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