早見慶子の十条日記 » 2007» 12月

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阿佐ヶ谷ロフト『I LOVE 過激派』刊行記念トークイベント

2007年9月に『I LOVE 過激派』を上梓致しました早見慶子です。
『I LOVE 過激派』の刊行に際して、阿佐ヶ谷ロフトにて、トークイベントを開催させて頂くことになりました。
本著『I LOVE 過激派』では、私のセクト体験、戦旗・共産主義者同盟での7年にわたるアジト生活、ゲリラ活動、ガサ・逮捕、そして組織を離れた後の最底辺の生活に至るま で、細部にわたって赤裸々に書きました。まったく語られずに封印されてきた80年代から90年代の闘い。そう、多くの人たちがバブルの豊かさを満喫してい た時代の革命運動。かつての華々しい全共闘の闘いは、内ゲバや連合赤軍事件などで輝きを失い、後退し始めていました。展望を失った共産主義運動。「英雄」 になることができた全共闘世代と違い、私たちの世代は「捨てる勇気」がないとできない闘い。何故「セレブ」を捨て、「過激派」に魅了されていったのか?  その秘密がこの本を読めば解き明かされるでしょう。今回は、80年代末に異端的ノンセクト活動家として登場し、現在も九州を拠点に独自の活動を続ける外山恒一さん。 彼の都知事選の魅力的な演説は「You Tube」でも見られます。法政大学ノンセクトのリーダーであった中川文人さん。法政大学で起こった不当逮捕の闘いを今もOBとして支援してます。さらに 80年代を新右翼として一線で活動されてきた鈴木邦男さん。彼は右翼でありながら左翼にも信頼される指導力をもった優しい知識人です。そうそうたるゲスト をお招きし、私たち80年代の活動家を支えたエートス、精神性とはいったいなんだったのか? 80年代の日本のラジカリズムとはいったいなんだったのか?  掘り下げたトークにしていきます。過激派セクト×ノンセクト×新右翼のつながりに新しい発見を感じとって下さい。
早見慶子「I LOVE 過激派」刊行記念トークイベント
「80年代、日本のラジカリズム」

80年代バブルの時代。セレブなお嬢様にならず、なぜかゲリラの激しい過激派で活動していた早見慶子の『I LOVE 過激派』出版記念トーク。80年代のラジカリズムとは何か?『I LOVE 過激派』を素材に異色の顔ぶれで語る。
【出演】早見慶子/外山恒一/中川文人/鈴木邦男 ほか
【日時】2008年1月21日(月)18:30開場、19:30〜
【チャージ】¥1、000(飲食別)
【会場】阿佐ヶ谷ロフト 東京都杉並区阿佐谷南1−36−16ーB1(JR中央線阿佐谷駅南口、パールセンター街を入って、徒歩2分(TEL: 03-5929-3445)aloft_map.jpg
この日彩流社の方が本を売りにきてくれるそうです。忙しい仕事を縫って手伝ってくださるので、本を買ってない方、友達に渡したい方はよろしくお願いします。

早見 慶子


寒さの厳しい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか?
このたび、阿佐ヶ谷ロフトでトークイベントを開催します。
1月7日は木村三浩氏のイベントのゲストとして、1月21日は「I LOVE 過激派」の刊行記念として。
1月7日は木村氏が右翼体験をもとに「男気」について論じます。
さて、「女」である私がどのように彼とトークするのか?
そう、「女気」しかないですよね。
「女らしさ」でなく、「女気」。
女性も社会進出をするようになった現代。新しい女性像も見えないまま、「家庭」と「仕事」の両立をどうしらいいのか? イヤ、「家庭」にも縛られたくな い、「仕事」だって退屈なのがホンネかもしれません。そんな時代に新しい価値観、新しい女性の生き方を過激派体験、仕事の責任者の体験をもとにして、語り つくしたいと思います。木村氏の逞しい「男気」に引けをとらない「女気」でトークしていきますから、楽しみにして下さい。

木村三浩トークライブ「男気」

民族派活動家・木村三浩が新年初頭に送る「男気」トークライブ。拳を交えることで学んだ「友情・信頼とは何か」を、憂国の視点も交えて語ります。
【出演】木村三浩(一水会書記長)、早見慶子(『I LOVE 過激派』著者)、他
【日時】2008年1月7日(月)OPEN 18:30 / START 19:30
【チャージ】¥1500(予価/飲食代別)
【会場】阿佐ヶ谷ロフト 東京都杉並区阿佐谷南1−36−16ーB1(JR中央線阿佐谷駅南口、パールセンター街を入って、徒歩2分(TEL: 03-5929-3445)

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この度、(杉本)けんたろー氏から、早見先生について何か書いてくれというメールをいただきましたので、十条日記に「るみくん」として登場する私メが、書かせていただきます。

* * *

2006年11月、私はRSE(ラムサの古代の叡智の学校)の授業を受けに、香港に行きました。その授業で、私は「みえこちゃん」という妖精のような女の子と出会いました。
みえこちゃんは、27才のきれいなきれいな女の子です。容姿について美醜を語るのは、下品と承知の上で詳しく書きますが、27才のみえこちゃんは、後ろ姿が遠足に行く小学生に見えるという驚異の若さの女の子で、しかし、顔立ちは上品に整っていて、鼻筋の通った色白美人なのです。
美人で教養があり、表情がやわらかい。
となれば、私がみえこちゃんのファンにならないはずがありません。
みえこちゃんは、私の期待にこたえたのか、授業中、ひとつの思考に集中しなければならないのに、
「心を込めてしまうから、胸が引っ張られるような気がするの。」
と言いました。
さすが妖精・・・。
と私が思ったのは、言うまでもありません。私は、パートナーのノビュ〜オに、「みえこちゃんは透明感のある妖精みたいな子!」とほめまくりました。
翌2007年1月、その授業で顔見知りになった数人が、渋谷で新年会を行いました。その時みえこちゃんは、「自分の女性性を受け入れるのに苦労したわ。私が日本人に生まれたのは何かの間違いで、本当はドイツ人だったような気がするの。」と言いました。
私は、さすが妖精だけあってドイツ人だった過去世を思い出したのね。と、ますますみえこちゃんを尊敬しました。そして夏、私達は自然を求めて、山に日帰り旅行に行きました。
私は妖精のみえこちゃんと何とかコミュニケートをはかろうと思い、つい、俗物になって聞いてしまいました。

「カラオケで何を歌うの?」

「百恵ちゃんとか・・・

も、百恵ちゃん? き、聞き間違えだろうか? 山口百恵を百恵ちゃんとよぶのは、50代以上の女性と相場は決まっているが・・・。みえこちゃんは、私が大好きなパンタさんや岡林信康さんについても詳しくて、しかも、「ブルー・コメッツの井上大輔さんが亡くなって・・・」と語るではないですか。そして妖精は私にとどめの一発をくらわしたのです。

「聖子ちゃんが〜」

百恵ちゃんの次に聖子ちゃんときたら、それは田辺聖子先生のことではなく、松田聖子を指すのは明白です。しかし、どこの世界の20代が、「百恵ちゃん」とか「聖子ちゃん」と言うってんだ! いやいや、二丁目に出没するゲイなら聖子ちゃんとよぶ。日帰り旅行から帰った私は、一緒に住んでいるノビュ〜オに言いました。

「みえこちゃん、百恵ちゃんとか聖子ちゃんって言ったのよ!!」
「みえこちゃん、俺より年上だよ!! あの落ち着き方は、半端じゃない!!」

私とノビュ〜オは、妖精のみえこちゃんの落ち着き方は、孫が小学校にあがってるぽいけど、でも、みえこちゃんの年齢は34才と思うことにしました。そして秋、私はみえこちゃんから、一通のメールをいただきました。

『本を出版しました。 I LOVE 過激派/早見慶子 です。』

ノビュ〜オが、「過激派ってなんだ?」と聞くので、私は自信たっぷりにこたえました。
「これは、志茂田景樹先生の(読んだことないけど)、カゲキに生きてみないか! みたいなもので、さあ心を開いて人々と愛を共有しましょうホラ木漏れ日から天使の歌が聴こえるでしょウフフ。みたいな本に決まってるって! みえこちゃんは(きっと)34才よ! 三里塚とか佐世保のエンプラとか知ってるわけないんだし。」
「そうだよな。神田カルチェラタンも浅間山荘も知ってるわけないよな。」
「みえこちゃんが武力闘争に目を向けるわけないじゃん! テロルの決算は関係ないのよ!」

やがて、出版日が近づいたある日、私は早見慶子でググってみました。
出てくる出てくる出てくる・・・。

「ノビュ〜オちょっと見て! みえこちゃん、サブ・カル界の大物だよ!」
「サブ・カルってなんだ?」
「メイン・カルチャーに対して、サブ・カルチャーっていうのよ!」
「何だあ。大したことないのか。」
「何言ってんのよ! 私達が通うRSEだって分類すればサブ・カルよ!」
「おお! じゃあ、みえこちゃんはすごいんじゃないか!!!」

みえこちゃん、否、早見先生は、三里塚を知っていました。最近では、テロルの決算系の方々とも親交を深めていることも知りました。そして、私の中から、妖精に対するいろんな疑問が解けていきました。
「ドイツ人」発言に対しても、今ならうなずけます。うん。そうだよね。私も中学生の頃は、自分の本名はエミール・シンクレールだと思っていたよ。私たちの世代は、週刊少女コミックの萩尾望都が常識だったよね。と。
ただ、私は中学も高校も女子校だったけど、山口百恵が好きなんてそこまでおっさんぽい子を知らないので、そこのところだけが、同級生として、どうにも腑に落ちなかったのですが、それも、ゲイ・パレードで知った同世代のゲイが山口百恵好きだったよといったことを思い出して納得したのでした。
早見先生は、年齢不詳の女性ではありません。
いまだに「聖子ちゃん」という言い方をして、マドンナを歌い踊った過去を持ち、自著に中島みゆきの歌詞を三番まで書き写し、K1を見るのが楽しみで、三島由紀夫を愛する・・・。
そう、女性でありながら、年相応のゲイ・テイストの体現者、それが早見先生なのです。

ところで、私は早見先生から、とんでもないメールをいただきました。

「10分1000円カットをしてた頃は、友達に、さすが安いだけあるよと言われてたよ。」

そんなゲイはいない。
肝心なところでゲイ・テイストが抜けてらっしゃるところが、早見先生の謎なのです。

そして今、私は早見先生を尊敬しています。
精神世界には、年齢不詳の方が多いのですが、早見先生のように、20才以上も若く見えるケースは、奇跡と思えるからです。
早見先生は、「神の道を歩くマスター」そのものなのでしょう。
きっと150年後も、今の容姿のままでいらっしゃると思います。

るみくん記す。


日蓮宗の常円寺で宮台真司さんの講演があった。一世風靡をした彼が、こうした宗教の講演会に来るとは以外な気がした。

テーマは「亜細亜主義・世直し・日蓮主義」。大学で教えているせいか、彼は長時間休まず話を続けた。さすがに知識が豊富だ。宮台さんの思想の根底にはマルクス理論が見え隠れする。

日蓮宗は悟りの宗教というより、世直しを目指して運動するアクティブな宗派である。かつて田中智学氏が法華経をもとにし、世界平和を目指して活動をしたことに触れている。

つまり宮台氏も理想を求めて運動に関係したいということだろうか?

私にとって仏教とは悟りのほうが意義深い。ものごとの原因を自己の内面に求め、執着を絶つ。俗世間の雑事は何と自分を見失い、どうでもいいことに必死にさせようとするのだろうか?とにかく世間を絶つ。過去も絶つ。己だけを見つめる。今だけを見つめる。そんな仏教の境地のほうが魅力的だと思う。

複雑になった仏教に比べるとタオはわかりやすい。とても素朴である。日本人の感性にもあっている気がする。

ところがこの日蓮は内村鑑三著の「代表的日本人」に選ばれている。そして田中智学氏のもとに通った知識人は多い。宮澤賢治氏もその一人だ。さらに創価学会は世界にも拠点をつくり、勢力はすごいものがある。

日蓮の折伏とは、人のあやまちを正すことから始まる。ところで「人にあやまちがある」と判断する主体は何故己が正しいと判断し、相手を批判しなければならないのか?

たとえば、かつてでいえばフロイトの対話療法と日本の森田療法がある。これは医学の中では森田療法は西洋から批判を受けている。しかし、治っている人がいるのに、何故批判を受ける必要があるのだろうか?

あるいは卵と鶏の議論でもいい。「どちらが先にあったのだろうか?」決着のつかない議論である。

人は「Aが正しい」という議論や「Bが正しい」という議論をどちらも創造しうる存在である。だから、やっぱり「折伏」というのは自己を相対的に捉え、他者と自己を同等に扱う観点からはずれてしまうのである。

宮台氏と日蓮宗の方は「人を幸せにする」ように働きかけるのは正しいと語る。もちろんこれは患者と医者のように求める者に与える存在は貴徳な行為であり、他者の幸福に貢献しているはずだ。しかし、「折伏」とは求めない者にも働きかけることが前提となっている。要らない者に働きかけるのは迷惑な行為ではないだろうか。

もちろん釈迦は人を殺してきたダイバダッタに仏教を広めさせようとした。それはダイバダッタが行なってきたカルマのためであり、他者が不幸だから幸せにしようと思って指令したのではない。

宮台氏の発言で「エリートは悪いイデオロギーにとってかわって、いいイデオロギーを創造し、社会変革すべきだ」という内容にふれていた。もちろんその限界についても宮台氏は理解しているのだが。たぶんアメリカにベッタリの日本の政治を変革したい、それが彼の生きる方向性なんだろう。そこに異論はない。

宮台氏の語る上部構造としての政治。正しいイデオロギーの政治への反映。西洋人は確かにイデオロギーを創造し、世界を支配してきたけれど、そのことによって人は幸福にはなれたのだろうか?

人はイデオロギーや、政治体制によって幸福になれるわけではない。外が立派であることと自分とは違うからだ。もっと自分の力を信じよう。人は自分の力で自分を幸福にできる力があったはずだ。自分の力を信頼せず、権力や資金を信頼するように洗脳されてしまったが故に、自分の価値観で生きることを否定しまった不幸な時代。

それは自分に力があったことを思い出すことによって、人は幸福を取り戻すことができるのだと思う。